道産子による『北海道遺産』紹介サイト♪

北海道遺産/スキーとニセコ連峰

【北海道遺産/スキーとニセコ連峰について】

北海道といえばスキーでしょう!厳しい寒さや雪に閉ざされる北海道の人々にとって、冬期間の最大の娯楽はスキー遊びでした。ウィンタースポーツといえば、 何を思い浮かべますか? 雪の多い地域にお住まいの皆さんは、学校の校庭や公園の 小山に雪が積もったら、友達を誘って遊んだ記憶もあるのではないでしょうか。昭和40年代頃からは「冬のレジャー」と言われるようになり、スキー場の代表格が昭和初期から知名度の高かったニセコ連峰。娯楽が多様化した今日、ウィンタースポーツだけではなく、四季を通しての新しいアウトドアスポーツの拠点となっています。ここでは北海道遺産であるスキーやニセコ連峰についてお話します。

【北海道遺産/スキーで必要な道具】

スキー板

まずはスキー板が無いとスキーは出来ません。色々な種類があるんですよ。

アルペンスキー
アルペンスキーのスキー板は、アルペン競技からデモ(基礎)、一般用まで使用される滑走を目的とした標準的なスキー板です。1980年代までアルペンスキーはほぼ直線的な形状を持ち、2mにも及ぶ長さのスキー板が使用されていましたが、1990年代初期に側面が弧を描くカービングスキーが登場しスキー技術にも大きな影響を与えました。
モーグルスキー
モーグル競技のために作られたスキー板で、コブを滑るためにやや細身でゆるいサイドカーブを持っています。
ミニスキー
これは雪国の子供しか知らないのでは?(笑)子供用の玩具として発売されているプラスチック製の短いスキー板。専用のスキー靴は必要なく長靴にベルトを結びつける作りとなっています。
ツインチップスキー
ツインチップスキーとは先端(トップ)と後端(テール)が両方とも上に反り返っている形状のスキー板です。反ったテールにより後方に滑ることやジャンプした後に後ろ向きに着地することに適していて、フリースタイルスキーにおいて使用されます。
クロスカントリースキー
クロスカントリースキーは非常に軽く細身で直線的なスキー板。歩行を目的とするため滑走にはあまり向きません。テレマークスキーと同様にブーツの先端のみが固定され歩行を容易にしています。
ファットスキー
幅を広くして新雪の滑走などを容易にしたスキー板。
テレマークスキー
テレマークスキーとはブーツの先端のみが固定されたスキー板です。滑走と歩行の両方を目的としていて、最も初期のスキー板でもあります。
スキージャンプ用スキー
スキージャンプのために作られたスキー板。空中で揚力を得てより遠くまで飛ぶために長く幅が広く、ブーツの先端のみが固定されるビンディングを持っています。
バックカントリースキー
整地されていない雪山などを滑走するためのスキー板。深雪で沈まないように幅が広く作られています。
モノスキー
1枚の板に両足を載せて滑る通常の2本分の幅を持つスキー板。板の中央部に板の長手方向に平行に両足がセットされています。主に新雪などを滑るためのスキー板です。
チェアスキー
障害者スポーツとして下肢に障害のある競技者が使用するスキー板です。
北海道の豊かな自然、歴史や文化を世界に向けて…
ストック

スキー板の次は、ストックも必要です。スキーで滑走する際にバランスを保持したり、加速したりするために使います。ストックは2本で1対です。それぞれの手に1本ずつ持って使います。ストックの先端付近にはバスケットあるいはリング(雪輪)と呼ばれる円盤状のものがついていて、これによってストックが雪の中に沈み込むのを防いでいます。深雪を滑走することを主としたストックは大きなリングがついています。ストックの握り(グリップ)の部分にはストラップ(手革)がついていて、これに手首を通してストックを握ります。中にはストラップのないものもあり、ウイングロックなどと呼ばれるガードのようなもので手首に固定するものもあります。

その他スキーに必要な道具

全て必須というわけではありませんが、あることによってより安全&快適にスキーを楽しむことが出来ます。

  • 帽子(ヘルメット)
  • ゴーグル
  • スキーウェア
  • スキーグローブ
  • プロテクター

【北海道遺産/ニセコ連峰】

夏の尻別川でのラフティングに代表されるように、四季を通じ、人々が自然の恵みを生かし、楽しむ姿がここにあります。ニセコ連峰は、倶知安町側のニセコアンヌプリ(1,308m)から日本海の岩内町側にある雷電岳(1,211m)に至る全長約25kmに及び、1,000m級の山々が連なります。積丹、小樽方面を含め、山と水と海岸の変化に富んだ景観から、ニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定されています。その主峰・ニセコアンヌプリには3カ所のスキー場があり、年間約70万人のスキーヤー・スノーボーダーが訪れます。中でも道内有数の規模を誇るニセコ・グランヒラフスキー場は全国屈指の人気スキー場で、アンヌプリ全体の年間スキー客の約7割を占めます。雄大な自然と上質のパウダースノーから、スキーヤー・スノーボーダーからは「スキーの聖地」と言われるあこがれの地・ニセコ連峰。海外からも注目され始め、世界に発信する「ニセコ」へと生まれ変わろうとしています。

【北海道遺産/ニセコ連峰の歴史】

ニセコ連峰とスキーとのかかわりは戦前の昭和初期、山岳スキーから始まりました。倶知安町百年史・中巻では「観光とスキーの夜明け」として、「スポーツの宮様」と呼ばれた秩父宮殿下が昭和3年、道内視察の後、ニセコアンヌプリ、チセヌプリでスキー登山を楽しまれたことを紹介しています。折りしも同じ年、日本のスキー選手が冬季五輪に初めて出場したスイス・サンモリッツ(倶知安町の姉妹都市)大会が開催されたこともあり、同殿下のスキー行について、当時の新聞は「極東のサンモリッツに/最後の御思出/霊泉に恵まれた好スロープ/御滞在は三日間」との見出しで報道。スポーツの宮様のニセコ・スキー行、日本のスキー選手が初出場したサンモリッツ冬季五輪のあったこの年が「ニセコとスキー」を世に広め、雪国・北海道も「スキー熱が異常に高まった」(町百年史・中巻)年となりました。

【北海道遺産/ニセコ連峰の転換期】

転換点を迎えたのは戦後に入ってからでした。昭和37年、ひらふスキー場を会場に開催された第40回全日本スキー選手権大会アルペン競技会開催が、その後のスキー場開発を急速に進めました。「ひらふスキー場」という名称もこのころから使われ始めました。ただ、スキーリフトがありませんでした。当時、町内に工場、工場用リフトの建設を計画していた日東商船(のちの商船三井)の協力を取り付け、それとは別にスキーリフト建設が大会前年に決定。全長日本一の1,070mのリフトが同12月完成しました。以降、昭和45年、昭和61年と2回のスキー国体会場となったほか、全国・全道級の大会を何度となく開催。「スキーヤーの聖地」としての地歩を固めていきました。

北海道民全体の宝物が「北海道遺産」

【北海道遺産/ニセコ連峰の近年】

近年では、オーストラリアを中心とした外国人観光客が「ニセコの冬」に注目しています。とりわけ、豪州からは平成14年度、約4500人だったものが同16年度には約4万5千人(ともに宿泊延べ人数)と10倍に急増しています。ニセコアンヌプリにあるスキー場を平成16年買収した豪州人経営者はニセコに着目した理由について、雪質の良さ、(豪州から行くと)時差がほとんどない、山の高さが低い(スキー場と飲食・宿泊・居住地域が近接している)などの利点を挙げ、「国際的なスキーリゾートとして、可能性は限りなくある」と指摘していて、「日本のニセコ」から「世界のニセコ」へと変ぼうを遂げつつあります。